日本を創る
①原発と国家
第1部「安全幻影」
vol.4
原子力の聖域
安全より立地優先 エリート中心に結束
http://www.47news.jp/47topics/tsukuru/article/post_6.html
大地震と津波が東京電力福島第1原発を見舞った直後の3月11日夕。東電本店からは原子力事業を担当する武藤栄(むとう・さかえ)副社長(60) がヘリで福島入りした。地元自治体などと対策を協議するのが主な役割だった。第1原発では吉田昌郎(よしだ・まさお)所長(56)が指揮を執った。
東電本店と福島第1原発を結ぶ午前9時からのテレビ電話会議。海江田万里経済産業相、細野豪志首相補佐官らも聞いていた。
「そんな危険な作業はできない」「事故は現場で起きているんだ」。武藤氏が14日に東京に戻っても、吉田氏が本店側の指示に反論し、作業プランを練り直させるのは日常茶飯事だった。
米国留学経験もあり東電技術陣のエースとして育てられた武藤氏に対し、吉田氏は福島第1、第2原発で計15年近く過ごした現場派だ。事故直後から 4月にかけ「作業の主導権は現場側が握っていた」(経産省幹部)。1号機への海水注入を吉田氏が独自の判断で続けた問題が発覚しても、武藤氏は吉田氏をか ばった。
どこの電力会社でも原子力部門は「聖域」とされ、武藤氏のような技術エリートを中心に、独自の秩序と結束を保ってきた。「原発だけは社長を社長として意識していないような異質な空気があった」。西日本の電力会社の元社長はこう振り返る。
内向きの論理
原発勤務の経験がある元東電幹部は「運転に問題のないトラブルなら、こっそり直してしまおうという雰囲気があった」と語る。2002年には原発でのトラブル隠しが問題になり、東電社長が辞任に追い込まれた。当時を知る技術者は「ずっとうそを重ねており、心の重荷になっていた」と振り返る。
トラブルが明るみに出れば、原発の新規立地や増設が前に進まなくなる。これが隠蔽(いんぺい)の最大の動機だった。そして福島第1原発で7、8号機の増設計画を抱える東電では、この内向きの論理が変わることはなかった。
東電の経営は、原発立地と政界工作を担う総務部門が長く支配してきた。しかし1990年代後半から電力自由化の流れが強まると、事業戦略を練る企 画部門が主流になった。「原発は安全で当たり前。原子力部門は十分厚遇してきた」(元東電副社長)。いずれの派閥も原発の安全神話にもたれ掛かってきた。
閉ざされた市場
経産省の若手官僚は4月半ば、東電の原発事故賠償と電力改革に関する7ページの私案を首相官邸周辺に手渡した。私案には「福島第1原発の廃炉事業は別会社に分離」「大地震に備え電源(発電所の立地)を分散化」といった提案が並ぶ。目玉は「東電は発電会社と送電会社に分割する」という発送電分離論だ。
経産省幹部らは「今はまだそんな議論をする時期ではない」と口をそろえる。東電はこれまで、政治力を駆使して発送電分離への動きを封じ込めてきた。しかし菅直人首相は5月18日の記者会見で、発送電分離の検討をいち早く表明した。
発電事業への新規参入を幅広く認め、電力会社の送電線を使わせる―実現すれば、戦後続いてきた電力の地域独占体制は大きく揺さぶられる。
「閉ざされてきた日本の電力市場には多くの富が眠っている」。米エネルギー産業と結び付いたワシントンのロビイストは、早くも日本に視線を向け始めた。(西野賢史)=2011年06月02日
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