2012年3月2日金曜日

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日本を創る
vol.3
危機意識欠いた政治
「最悪」想定せず 噴出した積年のツケ

http://www.47news.jp/47topics/tsukuru/article/post_3.html

 3月11日の東京電力福島第1原発事故発生直後、臨時のオペレーションルームとなった首相官邸5階の会議室で菅直人首相はいら立ち、何度も声を荒らげた。「そんなことで俺を納得させられると思っているのか」。
 怒声は海江田万里経済産業相にも浴びせられた。新たな問題が起きるたびに右往左往する原子力安全委員会メンバーや経済産業省原子力安全・保安院の職員。「想定外」の事態に政権中枢は冷静さを失い、それを補佐すべき専門家にも先を見越した助言をできる人材はいなかった。

政治の怠慢

官邸の迷走の遠景には、原子力発電を国策として推進しながら、安全神話をうのみにし「最悪の事態」への備えを怠ってきた政治の姿が浮かび上がる。
 東電と保安院、安全委の対応に不信を持った首相は「セカンドオピニオンが大事だ」として母校・東工大の教授らを次々に内閣官房参与に起用。にわか仕込みの知識を振りかざし、思い付きに近い発言を繰り返した。
 4月18日の参院予算委。昨年10月の原子力総合防災訓練の内容を自民党の脇雅史氏がただすと、首相は立ち往生した。
 中部電力浜岡原発(静岡県)の非常用炉心冷却装置が故障するという、今回に通じる深刻なシナリオ。険しい顔で原子力緊急事態宣言を読み上げたはず の首相の答弁は「詳しい内容は記憶しておりません」。脇氏は「これは大変なことだ。総理が入って訓練をやる意味が全くない」と厳しい口調で追及した。だ が、危機意識の欠如は菅政権だけの問題ではない。

反省の弁

安倍政権時代の2007年7月、震度6強の新潟県中越沖地震で東電柏崎刈羽原発(同県)の原子炉4基が緊急停止した。被害はタービン建屋外の変圧器火災などで済んだが、耐震設計基準を大幅に上回る直下型地震の発生は、全国各地の原発の安全性に重大な影を投げ掛けた。
 当時の甘利明経産相は急きょ電力各社トップを集め原発の耐震安全性の確保と防火体制強化を指示した。だが、官房長官だった塩崎恭久衆院議員は「冷却装置が止まったわけではないから、役所側もそう深刻に思っていなかった」と振り返る。
 「あれほどの地震でも制御が機能したため『日本の原発は大丈夫だ』と、逆に安全神話の補強材料に使われた」。以前から津波対策強化の必要性を国会で訴えてきた共産党の吉井英勝衆院議員はそう指摘する。
 1955年の原子力基本法制定以来、原発推進の旗を振り、電力業界と密接な関係を保ってきた自民党。菅政権批判の一方で「津波への備えに抜かりがあった点でじくじたる思いがある」(甘利氏)と、党内ではいま反省の弁も漏れる。

民主の変質

原発推進の経産省内に規制を担う保安院があるのはおかしい―。民主党は野党時代、公正取引委員会のような強い独立性と規制権限を持った「原子力安全規制委員会」を創設すべきだとして、2002、03年に法案を共産、社民両党と共同提出した。
 だが「原発に厳しい民主党」はじわじわと変質する。党エネルギー戦略委員会事務局長を務めた近藤洋介元経産政務官は、地球温暖化問題が最大の転換 点だったと指摘する。「『原発推進』の腹を固めないと『温室効果ガス25%削減』はうそになりますよ」。決断を促した近藤に、党幹部は「その通り。推進で いい」と言い切った。
 昨年6月、増子輝彦経産副大臣(当時)は政務三役で原子力安全規制委設置に関し検討を始めると表明した。ただ「結論ありきではない」との注釈付 き。規制強化の具体策はとられないまま、安全論議を後回しにしてきた積年のツケが3・11に噴き出した。(阿曽吉宏)= 2011年06月01日

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